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ライフスタイル密着取材 MAYUMIさん
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10年以上ヘルパーの仕事をされていたMAYUMIさん。健康診断でがんがわかり手術と治療を重ねたときのこと、治療中に気づいたこと、大切だと感じたこと…ご自分の気持ちを一つひとつ、とても丁寧にお話してくださいました。

プロフィール
MAYUMIさん(57歳) 広島県
〔家族構成〕夫、娘2人と4人暮らし
〔がんの部位〕卵巣
〔取材時の状況〕初発から2度の再発、2回の手術、3度の抗がん剤を経て、現在経過観察中

 

毎年の健康診断で、突然のがん告知

夫の会社の扶養家族の健康診断で、33歳から同じ病院で検診していました。年齢とともに胃や肝臓の数値が悪くなっていって「がんになるなら胃がんかな」くらいに思っていました。2015年に再検査の紹介状をもらって、検診と同じ病院の内科で卵巣がんⅲ-Bと診断を受けました。

言われた瞬間、ぽかんとしちゃって…夫に電話をかけ「私、がんなんだって」と言ってる自分も、現実なのかわからない状況でした。それから婦人科に予約をとり、夫と一緒に行きました。手術したあとに抗がん剤をすることになったのですが、日程の調整や検査などで毎日が目まぐるしく過ぎていきました。その頃のことは私自身はあまり覚えていないんですけど、夫が先生の言葉をメモにとってくれたり、手術するまでずっと同席してくれていたので心強かったです。

メモをするひと「夫が同席して冷静にメモをとってくれていたので、あとから振り返ることができ、とても助かりました」

告知された当時は、ヘルパーの仕事をしていました。12〜13年くらいしていたのですが、病気のことを知られるのが嫌で、告知されてすぐ会社を辞めました。2000年にヘルパーの登録が始まって、何かの役に立つかなと思って資格を取ったんです。元々働こうと思って資格を取ったのではなくて、実母も義母も救急車に乗ることが多くなってきていたので、身内の介護のためでした。でも実際に動いていないと身体が忘れるので、ヘルパーの派遣事務所に登録し、1週間に1回くらいのペースで働いていたんです。

ヘルパーとして伺う相手は、人生の先輩ばっかりだったので、時には厳しい方もいて…叱られることも多かったですけど、学ぶこともたくさんありました。土地柄、原爆を経験された方も多かったですね。まだ背中にガラスが残っているおばあちゃんは「孫は原爆の語り部に参加したらどうだ、と言うけれど、私は思い出したくもないから拒否してるんだ」っておっしゃっていました。ヘルパーという仕事は、辛いところもありましたが、いろんな方と出会えて、やりがいを感じていました。

 

がんが消え2ヶ月後に再発、手術〜治療の日々

手術で大きいものはとって、散らばっているものは術後の抗がん剤で対処することになりました。かかっていた病院は入院して抗がん剤を投与するところだったので、ひと月に1回入院していました。抗がん剤を6回する予定だったのですが、3回したところで好中球(白血球の1種)が下がってしまい、副作用も酷くて退院の許可がなかなか下りませんでした。入院期間が少し長かったですが、なんとか6回投与して、がんが消えました。

入院「入院中は看護師さんや他の入院患者さんとお話して過ごしました」

がんが消えて喜んだのも束の間、珍しいことらしいですけど、2ヶ月後に再発しました。直腸の近くで、まずは抗がん剤の薬を変えて投与しようと言うことになり、ドキシルとアバスチンを投与し始めました。これも3回まで投与できたんですが副作用がまた酷く、4回目から量を調整しました。

ドキシルを投与する時は氷漬けになるんです。末端に影響が出ると言うことで、手には保冷材を握り、足はアイスノンに乗せた状態で投与しましたが、夏の最中に温かいものが欲しいくらい身体が冷えて大変でした。足の裏や手の平がボロボロに脱皮して、しびれが出て、自分の体重で足の裏が痛いんですよ。今回は抗がん剤を終えても、あまり状況が変わらなかったので、2回目の手術になりました。術後にまた2回抗がん剤を投与して、経過観察に入りました。

氷水「冷却グローブなどもありますが、置いてある病院は少ないようです」

その後しばらく腫瘍マーカーも反応せずいい子にしてたんですけど、2018年の11月にPETで1cmのものが直腸の奥に見つかりました。1cmは誤差の範囲なのでと説明され、3ヶ月後に検査したら6センチに育っていて。お腹の奥すぎて手術できず、2019年1月から抗がん剤を始めたのですが、3ヶ月しても大きさが変わらず、6月から放射線を計30回しまして、今は経過観察中です。

 

治療中だからこそ、安心できるウィッグと場所がほしい

初めての抗がん剤を開始して3回目くらいに、脱毛が始まりました。医師から「ウィッグを用意しておいた方がいい」と言われ、看護師さんからカタログをいただきました。そのうち1つの店舗は家の近くのデパートに入っていたので、通院の帰りに寄ってみたんですが、店員さんの説明がよくわからなくて…。戻って街なかにあるスヴェンソンを見に行ったんです。個室はあるし、治療と脱毛の流れも説明してくれるし、医療用ウィッグと謳っているだけあるなと思い、すぐ決めました。

施術ルーム「周りの人に見られない安心感。病気のことも気にせずお話できる環境がいいです」

ウィッグを選ぶ時、個室があったことが一番のポイントになりました。おしゃれウィッグを売っているところに、病人が必要に迫られて買いに行くのはしんどいものがあるので。治療費もまだかかるのに、簡単な説明で大金払うなんて私には無理でした。まずウィッグ自体が初めてなので、信頼できるかどうかを基準に選びました。スヴェンソンは治療中の帽子があったり、Masselのような情報を発信している部分も「これからの生活をちゃんとサポートしてくれるんだ!」という気がして安心できました。

スヴェンソン立川サロン「どの方も親身に対応してくださり、居心地がよかったです」

病人であることを隠さずに、なんでも話せる場所があるのも嬉しい。私にとって、美容院は綺麗になると同時に、リラックスしに行く場所だったから。髪がない時期に、ガラス張りのところで他の人に見られたり、隠れながら通わないといけないのは辛い。

通っている病院に患者会はなかったので、治療中のお化粧やヨガの講座で他の患者さんと知り合える機会があるのも魅力でした。地方はコミュニティがあまりないので、情報交換の場は貴重です。病院にいるときは医療者に囲まれているから安心だけど、経過観察になると日常のなかで不安になりがち。甘やかしてもらえる場所が病院外にも欲しいです。

 

自分を守るために、病気になって磨いた患者力

病気になって「誰に話すか」がとても重要だと思いました。私の場合は家族に話したあと、親友2人に伝えました。20年来のママ友で、主人が何かあった場合に対応して欲しいなと思って。あとは愚痴を好き放題言うためのマッサージ屋さん(笑)病気になる前から通っていたところで、家族のことも話していたし、病気のことも話しやすかったです。病気を伝える人を限ったのには理由があって、必要に迫られて関係の浅い人に病気を伝えたとき「かわいそうに」って言われたことがあって傷ついたからです。「病気=かわいそう」なんだ。私かわいそうな人なの?って思って。他意はなかったでしょうけど、哀れに思われるのが嫌で、必要以上に明かさないようにしています。

手を握り合う人元気づけようとかけた言葉で、傷ついてしまうことも。

あと、2回目の手術で直腸の周辺を取ることになって「ストーマ(人工的につくる排泄口)になるかもしれない」と主治医に言われ、手術を拒否したことがあります。介護の仕事をしていましたからね。ストーマになった人の介助も経験したことがあるし、1回付いたら一生涯なんじゃないかと思っていたんです。そしたら先生が「一生ものになるのは2〜3割。普通は2〜3ヶ月して手術した場所が治ったら取るんだよ」と言われました。私は「そうなの?!」と驚いてしまって。医療者からすると普通かもしれないけど、患者は何も知らない素人なので、もう少し丁寧に説明して欲しいと思ったし、私自身も思い込みをやめて何でも聞こうと思いました。

談話「色んな人がいて、色んな考え方があって、いつも助けられています」

患者同士のおしゃべり会に参加していると、主治医に質問できない方が多いと感じます。医師は自分たちの「普通」の中で話しているので、私たちがわからないのは当たり前。患者側は、それを聞きだすことが大事。忙しそうだし、聞きづらいのはわかるけれど、何より自分の身体のことなので。話すこと、聞くこと。私はそれを自分の心と身体を守る「患者力」と呼んでいます(笑)。

 

日々を大切に、誰かのために何かしたい

いま思うと、大変なことも多いヘルパーの仕事を続けられていたのは「ありがとう」って言ってもらえることが嬉しかったんだとわかりました。誰かに頼る状況が増えたいま、私も周りの人に感謝を伝えるようにしています。自分の身体がついていく限り、誰かのために何かをしたいという気持ちはあります。ヘルパーの仕事は人の命を預かることなので、復帰は難しいかもしれないけど、小さなことでもいいから、何かやりたいです。目標は年金をもらうまで生き延びること。娘たちも成人し、保護者でいなければならない時期は済んでると思っているので、いまは主人との時間を大切にしています。来年も広島カープの試合、観に行きたいな。

広島カープを応援する夫婦「大好きな広島カープ。今年はチケットとれますように!」

(取材時2019.12.20)

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